時代は変わる。 (2010.7. 3)
BSのスターなんとかかんとかという番組で美○明宏の特集をやっていて思わず見てしまった。それというのも、彼が銀巴里で歌っていた頃通っていて、懐かしかったのもあり、彼の「ヨイトマケの唄」を是非聴きたかったからだ。予想通りその唄は歌われて、参加していた高校生達を全員泣かせた。
もうもう40年も前になるが、銀巴里に行き、その頃別にお目当ての歌手が居たわけでもなかった私だが、(まあ丸山明宏の名前くらいは知っていたと思う。)最前列の椅子に陣取りとにかく「シャンソン」を聴くべく胸を躍らせていた。何人かの歌手のあと、司会者が「もうそろそろ起きてくるはずなんですが、、、」の声に恐らくは常連客だろう人たちの上に笑い声が波のように広がったとき、彼は現れた。すっぴんの小顔の肌とマニキュアをしない長い手の肌が素晴らしく血管が透けるように美しく、りりしい眉毛と長いまつげに見ほれたものだ。物憂げな唇から最初に出た言葉は、「お・ま・た・せ。、、、何歌うの?」で、これには驚いたがすかさず客席から、「ミロール!」「ろくでなし」「メケメケ」、、、と曲名が飛び交う。それからの小一時間、彼の歌の世界にどっぷりと浸かり、この世にこんな歌があり、こんな歌手がいるんだという感動に包まれたのを思いだす。そのときあの「ヨイトマケの唄」も歌ったのだ。一曲一曲がドラマで、何本もの短編映画を見たような気分だった。シャンソンがかくもストレートに人の心に訴える音楽だということを初めて知ったのだ。ハンカチをぐしょぐしょにしながら帰路についたのを覚えている。
今日の番組で彼の半生が綴られたが、原爆投下の長崎に少年期を過ごし、その原体験が彼の人生の根っこを形成しているということだ。それでこそあの歌があんなにも説得力を持ち、多くの人を揺さぶるのだ。
あの銀巴里には多くの文人達が出入りしていたらしく、恐らくは私が通った頃にもそうとは知らずに出会っていたに違いないのだ。そういえば加藤登紀子のデビューに行きあわせた事もある。まだ彼女は学生だったように記憶しているが、、、。
あんなに素敵な場所だったのに、銀巴里、今はもう無い。残念なことだ。








