来年の私。 (2009.12.28)
公演の後の雑用に翻弄され続けている上に、孫べえたちがやってきて、明日は我が家に父と娘でお泊まりだそうだ。母親と離れてうちに泊まるのは初めてだが、父親がいるから大丈夫だろう。少し又成長した子供たちは少し又近い存在になってきた。色とりどりの感情がその言動をますます豊かにしている。、、、その分あたしゃ疲れるかも~。
今回の公演の演目を「こうもり」と決めるまでに長くかかったことを思い出すなあ、終わった今。丁度4月に母が骨折して入院の中で台本制作に取りかかり、早く早くのかけ声に背中を押されて上梓したのが5月初旬。その後も何度か修正を重ね、最終稿として上げてからもまだ修正だ。どこぞの団体のように、本番1週間前でも台本が上がってないというのとは違うが、一部はどうしても変更事が起きるものだ。みんなが台本の中に入れて、自由に動けるようになるとやりたいことが出てくるわけだ。で、それがより有効な手段だと分かるとそれはもちろん実行するしかない。日頃演劇の勉強を疎かにしていて、半年で何とか見られるようにするというのは、専従でないだけに難しい。みんな練習日以外に時間がさけない人が多い。、、、にしては、よく頑張ったと思う。
ただ、これからはもっと日常的に演技指導を受けて貰う必要性を感じるなあ。今後の練習プランに是非入れたいと思う。
今回の総括は会議を開いて検討する予定だが、今回ほど予想外のことがホール内外で起きたのは初めてだ。いや、正確には落語ペラ第1回目のときも会場整備がうまくいかなくて、来場客の方々から大目玉をくった事がある。アクトホールがその会場だったが、信じられない入場者で沸き返り、結局立ち見の方が大勢出て叱られてしまったのだ。集客は難しい。天候が良い悪いで左右されるし、本当に読めない事が多いのだ。出演者の熱意でこういう結果になったが、あのときも今回も手放しで喜べない心苦しさが残ってしまった。もし自分がその人の立場だったら、矢張り大いに怒ることだろう。貴重な時間を割いて、時間に間に合うように段取りをつけて、はるばる出かけてくれて、あるいは交通費も支払ってくれてのご到着だったかも知れない。、、、どう考えても我々の落ち度だ。細心の注意が必要だったのだ。
舞台上では、何人かのヘルパー(?)たちが活躍した。まるで老人介護だった。にもかかわらず、私はうっかりミスの連続。注意深い人ならすぐに分かるであろうミステイクがあり、我ながらゲンナリ。これはいよいよ退場するときが来たのかも知れない。、、、来年の私はどうなてるのか?予測がつかないなあ~。








