ちぇちぃりぁ

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みっちゃん日記

救いとなるか? (2009.10.18)

 久しぶりに訪れたA君。彼の顔を見た途端、例えは悪いが、「飛んで火にいる夏の虫」と思ってしまった。 この私の窮地を彼なら救ってくれる、と思ったのだ。私の第六感の通り、急な申し出にもかかわらず今後の練習に力を貸してくれるという。 ばんざ~い!救世主が現れた!単純に思ってしまう私だが、きっと彼ならやってくれるという確信に近いものもある。、、、、 モチロンみんなの心がけ次第だが、彼のヘルプでもっともっと内容が濃いものになることだろう。一昨日の「見学申し込み」 に続き久々の良いニュースだ。

 

 さて、そのあとは短歌の歌会だった。これまた集中力の要る時間で、時折その集中が切れそうになるときがあって、いかんいかん、 と自戒しながらまあなんとか過ごした。不思議なもので、何回かその人の作品を読んでいくと、 名前を伏せていてもそれがどの人の物かが分かってくる。分かって解釈が返って混乱することもあるし、全く分からないものもあるが、 その場合は歌の奥の物が見えない場合が多い。まあ、こちらの読み方が甘い、というのもあるし、 もしかしたら表現力にも少し難があるのかも知れない。後世に残る文学は、 作者がどんな人か分からなくても作品から醸し出される物を読み取らなくてはイケナイし、書き手もそこに力を注ぐのだろうから。

 でもやっぱり、「分かる」というのは本当に難しいことだ。「人は一番大切なことを言わない」そうだから、会話を延々続けていても、 分かり合えないのが人間の宿命かも。、、そんな中で、頑張って何事かを進めていくのも、人間の可愛さだろう。

 この短歌の会に参加させて貰ってはいるが、私自身はいまだに短歌というものに全身で浸かりきることが出来ないで居る。時折、 作詠しては、「おっ!」と思うこともあるが、自分で満足行くものは殆ど出来ない。 よくぞこんな不出来な弟子を我慢して師匠も抱えているものだと感心してしまう。まあ、最近とみに会員が増えて、 末端まで目が届かない状況になっているのが幸いしているのかもしれない。、、、こんな中で、 来年この会は10周年の記念の催しをやることになった。これに「関わる」ことによって、 自分と短歌の関係を見つめ直すチャンスとしたいものだ。

 




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