怒りの正体。 (2009.8. 1)
人は皆「怒り」という感情を持っている。それは必ずしも他者に向かうとは限らない。仮にそう見えたとしても、 実は自分自身への怒りを転嫁しているに過ぎないことも多い。と思う。しかし、この「怒り」という感情は、時に思いがけない人間関係を生む。 ある時は決裂、ある時は雨降って地固まる、の例えのようにハッピーな終わり方をする場合もある。そして、 その結果というものは殆ど予測が出来ない場合が多い。怒りの感情にまかせて心にあること無いことをぶちまけるからだ。
先日のシェイクスピアの講座で、人は一番大切なことは喋らない、というのがあって、その意味ではこの「感情的なもの」というのは 「現象」であって、「真実」ではないのかも知れない。確かに、人間関係の中で言葉ほど重要なものも無いだろう。 それなくしては成立しないのが人間関係だと言ってもいいだろう。でも、もし人々がいつも本当の言葉を話していないとすれば、 人間関係なんて全て虚構だ。ドラマや小説もどうだろう?ひょっとして元々架空のお話の中では真実の言葉が語られるのか?
つらつら考えるに、人は怒りたくて怒るのではない。そんな事をするのはヤクザ屋さんと赤ん坊くらいのものだろう。一般には、 心の中にこだわりや守っているものがあるとき、そこを針でつつかれたり、毒を塗られたりすると必死でそれを払おうとするし、 消そうとするだろう。その時に生じるいわば「心の軋み」みたいなものが「怒り」なのではないか?そして、 ある時はそういう外敵が侵入するのを防げなかった自分に対する猛烈な後悔の念が爆発することもあるだろう。
人間とは、やっかいな動物だ。








