もう5日だ。 (2009.7. 5)
このところ食べる事に縁がある、とここに書いたら早速「ちと食べ過ぎではないですか。なんか見ていられない」 というお節介な忠告メールが恩師からやってきた。べ~という絵文字入りと来ている。そりゃあ機会は多かったけど、 いくいらアチクシでもちゃんと加減はしてますわよ、フンフンッ!てところだ。第一、パーティでも「なんか飲み過ぎたみたい」 と私が言うと友人が、「ええ?そんなに飲んでないしょ!?」と驚いたくらいだ。 フルコースは人の半分くらいしかいつも食べられない人がこれも上げるアレも上げる、というのを一つも頂かなかったし、、、 ということは普通だしい。その日の夕食はおもてなしする方だから余り食べてない。しかも運転だから飲んでもない。 何度も言うが機会は多いが食べ過ぎてはない、はず。
ところが、今日友人の洋装店で服を脱いだら、「あら、相変わらずねえ」と言われてしまったのはなあぜ?こんなに忙しくて、 毎日ストレスの山で、なんでこうなるの?先日聞いた話では、あんまり太いと介護料が倍になるところがあるらしい!ふへっ!! やっぱり痩せる方向に持って行くか?(痩せるとは言わない。方向だ。)
ある人から「パリ祭」IN東京の話を聞いたが、今年もますます「老人会」になってきているようだ。歌手がみんな高齢になってきて、 しかもその席を譲らないから若い人が育たないという業界。そりゃあいつまでも歌えるというのは素晴らしいこと。でも、 若い人も是非シャンソンの魅力を知って歌って欲しい。何が良いって、メロディの美しさはモチロンのこと、 歌詞の多様性と意味の深さにその魅力があるのだ。従って、豊かな声量で、しっかり聴衆にそれを届けて欲しいのだ。 枯れた声も魅力がないとは言わないが、若くてまっすぐな声も、成熟期の芳醇な声も、シャンソンには合うのだから。 それに連れて聴く人の年齢層も低くなるというものだ。「戦争の悲しみ」「失恋や、人生の苦しみから立ち上がる勇気」「美しいパリの街並み」 「おちゃめでおしゃれなパリっこ達の歌」「時の流れ、、、」「などなど。本当に幅広いのがシャンソンだ。
母は昨日今日と病室が一人で、塗り絵や読書など一人遊びに興じていたが、今日は無理矢理杖で院内を散歩して貰った。 日曜日はリハビリが無いらしいからそれをする必要がある大分しっかりしてきてはいるが、まだまだ不安が多い歩行だ。 嬉しいのは意外にも母が平常心でいてくれることで、不平不満を言うこともなく、ヒステリックになることもないのは有り難い。 先日のパーティでK画伯の奥方Jさんが、「最近亡くした母の事が段々強く思い出されてつらい」と話されていたがそうだろう。 なんでも亡くなる前に、Jさんに、「私が人生の中で一番幸せだったのは、貴女が手術して2週間ず~っと一緒に居られた時以外にはない。 あの時はほんとうに幸せだった。」と告げられたそうだ。母と娘というのは、大体に於いて長く一緒に暮らせない。 だからこういうセリフも理解できるというものだ。これからしばらくきついあろうなあ~。
明日は朝歯医者さんに行き、その後母の入浴、その後舞台の打ち合わせ、その後耳鼻咽喉科、そのあとちぇち練が待っている。ふ~っ。








