課外授業 (2009.6.28)
劇団Mの演劇を観にKさんと行く。今回のオペレッタで半端じゃない演技とセリフを要求されている彼女に、 すこ~しお勉強して欲しかったのが狙いだった。勘の良いKさんは既に私の意図を飲み込んでいて、そのつもりでやって来たようだ。 終演後の喫茶店で、舞台上で喋り演じることについてよく観察してくれていたのが分かった。しかもそれでいて、 戦争を描いた内容に深く心打たれ、この気持ちのまま帰りたくない、とお茶の誘いにすぐ乗ってきたのだ。若いけれどこの感性は大したものだ。
実は今日の公演が始まって間もなく、暗い客席内で「痛いっ!」と叫ぶ声と、「大丈夫ですか?」という複数の声が上がり、 一時騒然となったのだ。モチロン舞台は整然と進んでいて、 そちらも気になるがこちらも気になるという状態でしばらく舞台に集中出来なかったのだ。我々の席からは遠いので想像だが、 誰かが客席を移動中に転んだのではないかと思う。いつの間にか騒ぎは収まり徐々に全員舞台に釘付けとなって行ったことだが、 ムムムこれは我々の公演でもあり得ることだ。「会場係」が伊達に居るんじゃないってことだなあ。、、、しかし不謹慎ながら、 会場でお目にかかったこの劇団の関係者は内心「クッソ~」と思ったのではないか?と思った。一度しか演じられない生の舞台。 やり直すことも出来ないわけだ。そこへ行くまでのなが~い練習時間や努力を思えば、 如何に観客の心を舞台に集中させることが出来るかに精一杯の力を注いできたに違いない。それが、 このようなアクシデントの前にはあっという間に崩れ去り、その努力も水の泡となってしまう。だから何度も言うが、大切なのは「会場係」だ。 敏速な対応が必要で、瞬時に状況を把握する適応力も要求される。そしてその前に、こうした事故が起きない為の対策も不可欠となる。 この点でも本日の観劇は大いに参考になったというわけだ。
このような劇を観るとどうしても演出に目が行くが、シンプルで緩急があり、ラストの描き方は唸るものがあった。 この劇団の座付き作家兼演出家に寄るものだったが、讃岐弁を駆使するセリフ回しに特徴がある。戦中を描くという難しいテーマを、 防空壕という限られた世界に限って描くことで、より身近なものと感じさせ、観客を恐怖へと誘う。 最後に外から命を取り留めて帰ってきた老婆が、壕の中で全てが消滅したショックから茫然自失となり、 全く声を発しないでぼんやりうごめいているというくだりは、まるでセリフを忘れたのではないかと思わせるほどの長い沈黙で、 これをやらせる演出の勇気に感服した。やがて赤ん坊の声が小さく聞こえ始め、 それが段々現実味を帯びてきてその老婆が狭い壕の中を狂気のように探し回り、遂に声の正体を発見しそれを抱き上げ抱きしめ、 初めて大声でわあ~っ!と声を上げ、いつまでもいつまでも繰り返し泣き続けるという演出は、観客の涙を誘った。「このまま帰りたくない」 と言ったKさんの言葉はきっと多くの人々の気持ちと一致しただろう。
思いがけず長いお茶タイムとなったが、それというのも次から次へと話題が尽きなかったからだ。モチロン芝居の話はしたが、 そしてそれに連なる我々の舞台の話も、、、。でも、こういう風にメンバーの誰彼と話すことが余り無く、 今日はお互いの意思疎通が図れたという意味で全く良い時間となった。これからは、他のメンバーともこういう時間を持ちたいものだ。
帰りにシャンソンのメンバーが緊急入院している病院へとお見舞いに。思ったよりお元気そうだったが、 手足のしびれに見舞われ相当ショックを受けている。他にも沢山の病気と付き合ってきた80ン歳のAさんは、 気丈にも恐ろしい病室に入っていた。お向かいの人はとても年齢がAさんと同じとは思えない風貌の人で、矢張り脳をやられたらしく、 ひっきりなしに「ぎゃ~っ」とか、「いたい~っ」とか、叫び続けている。Aさんも他人事ではないと、それにも恐怖を感じているらしい。 朝の8時からやっているそうだ。お隣さんは口腔外科手術後で、口内をえぐり取られ、一切口がきけない状態の人だとか。 もう一人は全くの寝たきり状態の方。私はそれを聞いただけで気分が悪くなったが、これから1週間はその病室で点滴を打ち続けるらしいAさん。 シャンソン教室の最高齢の指揮官として又復帰してくれるだろうか?歌が好きなAさんも、しばらく歌うことが叶わない。ホントに、 健康が無くなるとなんにも出来なくなる。
そのまた帰りに昨日の一泊外泊から病院へと逆戻りした母親の元へ。同室の人々を交えてしばらく歓談。看護士さんとも話したが、 回復期には入っているので、徐々に帰宅外泊回数を増やして貰うことに。確かに、 物忘れなど考え合わせると自宅療養に入るべき時が近づいているのを感じる。次なる段階に突入か、、、。








