天気雪の日。 (2008.2.16)
以前うちの従業員だった子が結婚10年目にやって来て、 実際あれから10年も経ったというのがどうにもこうにも信じられない思いだ。この調子で行くとあっという間に母の歳まで行きそうだ。 本当に人生は短い。子供の頃、人生は途方もなく永いものに思えて、とてもじゃないがそんなに永く生き恥をさらせない、と真剣に思い、 自殺願望まで持ったことが信じられない。
友人Yが「面白くて泣ける話し」と妙なタイトルを付けて2冊の本を貸してくれたもんだから、 てっきりその2冊がそういう手の話しかと思いきや、母と私がその2冊を分け合って別室で読み始めると、私は1ページ目からゲラゲラ笑い、 「いや~この本ケッサク~!」と母に同意を求めるも、母は何だかグスングスンしていて、「そおう??こっちはそんなことないけど~」 と怪訝そうに言うので、「もう少ししたら多分面白いんだわ」と適当なことを言いつつ、尚もゲラゲラゲラ。結局最後まで私は大笑い、 母はグスングスン。「久しぶりに可哀想で泣いた」というではないか!ということは、Yは泣く本と笑う本の2冊という意味だったんだ。 単に私が勘違いしただけなんだが、日本語は難しい~。
私の本は室井滋という女優のもので、いやあ、おもろかった。共鳴できる点が多く、 占いに関するところなんか、そうだそうだ!と声を挙げながら読んだものだ。このところの怪しげなオカルト番組批判は全く諸手をあげて賛成だ。 なんであの様な番組があんなに受けるのか?ばかばかしいバラエティ番組の方がまだ罪が軽い様な気がする。人間の中の「畏れ」 を利用しているとしか思えないあの手の占いに、へへ~っとばかり平身低頭して有り難がっている輩達。何百万という人達が見ている番組だけに、 その影響が心配だ。今日も来店客とその手の話しをして盛りあがったが、このアチクシもその昔、トランプ占いを友人達にやって、 随分尊敬を集めた時期があるのだ。「過去、現在、未来」と最もらしくカードを並べ、その友人に関するささやかな知識を元に、 テキトーなことを言って占っていたのだが、妙にみんなが「当たってる当たってる」と興奮するので、つい図に乗って特に「未来」 に関することなんかは思いっきり創作していたことを思い出す。段々それが後ろめたくなってきて、ある日「や~めた」と止めてしまったのだが、 その時のことを覚えている人はいないだろう。要するに遊びの域を出なかったのだが、 そんな遊びでも人の人生をうんぬんかんぬんするというのは気が引けたもんだ。
占いというものを完全否定するものではない。 自分自身もワイドショーの最後にくっついている血液型選手権占い、な~んぞというのがかかり始めると手を止めて一応見るし、 ふむふむ今日は対人関係に注意かあ~、なんぞと意識に留めようとしている。まあ、キープ力は1時間も持たないが~。 おみくじだって必ず引くし、実はとっても良く当たる占い師さんとも懇意だ。孫の口癖じゃないが、「なんじゃそれ~」ってなもんだ。 友人にチョーが付く占い好きも居る。ある友人は社員の採用にも全員を占って貰うそうだ。交友関係は殆どその人に鑑定して貰っているそうな。 まあ、私と付き合うと良いことがあると言われたそうで、それはまあ有り難いっちゃあ有り難いが、、、、、。
人それぞれで良いんだし、信じる者は救われるだろう。イヤなのは、 その信じやすい子羊たちを食い物にして完全な儲け主義に陥ってる浅ましい占い師達のことだ。そして哀れな子羊たちをあめとむちで翻弄し、 人間性を愚弄することだ。自分たちにそんな権利があると勘違いしている連中がイヤなんだ。誰もそれに水をささないばかりか、 追従して煽っているのだから始末が悪い。けったいな世の中ではないか?
う、明日はお歌の発表会だ。上手く行くかどうか誰か占ってくんないかなあ~~?








