ちぇちぃりぁ

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みっちゃん日記

心に灯すイルミネーション。 (2007.12.13)

 いよいよ抜き稽古が今日で終わった。ということはこれから本番まではひたすら通し稽古だ。疲れるぞ~。いや、私もだが、 出演者の方が心配だ。声が出なくなっては元も子もなくなる。声を守りながらラストスパークをかけなくてはならない。

 ま、しかし、今日の参加者達はなんだか吹っ切れて居るなあ。覚悟が出来ている感じだ。あとは繰り返しやることで、 楽しくなってくれれば御の字だ。そうなのよねえ。舞台が楽しくやっていないと観客も楽しくない。

 それにしても劇場主Aは今日今までにないステキな表情を見せてくれた。それは、しっかりその人になりきれていたからだ。 例え瞬間でも自分の名前は忘れて役になりきっていたのだ。

 昼のNHKの番組で風林火山の主役の役者さんが出ていて、あるツーショットのシーンを表現して「あれは、 フィクションでは無かったです。芝居を越えてました。お互いすっかり役名の人でした。」という意味のことを言っていた。 その場面が余りに難しくて出来なくて、ジレンマに陥り前の晩は全然眠れなかったそうだ。ところが、 頭で考えたりやってみたりしても出来ない場面だったということが後から分かりました、と。全くその役になりきらないと出てこないものでした、 と言うのだ。そうなんだなあ。頭で考えてる間はそれは自分というものから離れてないのだ。例えば劇場主だったらば、こういうときどうするか? 何を一番に考えるか?じゃあ、どんな言動を?という風なものが自然な形で出来てくると見ている人にもインパクトを与えるのだ。 「舞台にどうたたずむか?」ということがみんなに解れば良いのだが、、、。

 しかし、芝居は難しい。全体を感じる能力も必要だ。やりすぎて全体をぶちこわす可能性もある。まあ、 客観的に見ている演出なんかがチェックはするが、矢張り最終的にはその人の感性が大切だろう。 近視眼的な発想しかできない人はなかなか遠くが見えないだろう。

 ま、本番までには何とかなるだろう。

 

 それにしても本日はとある山道を通って行く練習会場だったが、道ばたにイルミネーションのある家が何軒もあって、 ある場所ではこともあろうか墓地に派手派手しく飾ってあって、これには驚いた!それって、不謹慎ではないの? どういう趣旨なのか聞いてみたい気がするなあ。何が流行るか分かんないものだ。我が恩師ならこれを見てなんて言うだろう?「エコエコ時代に、 植物に光を当てるなんて信じられない。あのライトアップのどこが綺麗なのか解らない。自然の美しさが解らない人達の仕業なのよ! 地球の温暖化を考えると電気はなるべく消費しない方が良いに決まっているのに!!」と激しくお怒りだったからなあ~。 このところどころ出没する一般家庭のイルミネーションは、明らかに増えているもんなあ。こういうものを断固として糾弾する我が恩師は、 この点でも尊敬に値する。私なんかくら~い夜道にふわっと現れるイルミネーションに思わず見とれたりするもんねえ。夕べも、 とあるブログにどっかの山の夜景がライトアップされていて、それが側の湖に映って綺麗だなあ~って、思ったもんね~。ま、 世の中自分の好みだけでは困ったチャンになるおそれがあるからなあ~。何事も「判断」しなくてはならないだろう。「判断」と「選択」 は自分の頭と心が健康で無くては出来ない。

 今夜はビールを飲まない方が良いと判断して、牛乳を温めて飲むことを選択!エライ私。?




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