ようやく秋の気配が、、、。 (2007.9.25)
全く久しぶりにジムに行く気になって表に出ると、雨の後の湿った空気がヒンヤリしている。おっ、秋だ。深呼吸して車に乗り込み、 3分後には受付だ。こんなに簡単だのに、何故か行けないのだ。どれくらい行けてないかを訊いてみると、ナント前回は8/1のご利用だそうだ。 どうりで建物に入りあの空間に身を置くと、妙に懐かしい。更衣室の空気の臭いも、プールの消毒液の臭いも何かしら懐かしいのだ。
3人ほどのインストラクターから「お久しぶりです」と声をかけられる。よく覚えてるなあ~。彼らの中には、 自転車をこいでいる私にまあそれくらいから始めた方が良いですね、と声をかけてくれる人も。なので、ゆ~っくり時間をかけて(1時間) 負荷もたくさんかけず頑張った。岩盤浴にも入ったが、こちらはメモ帳を持ち込み、 ホントはダメらしいがオペラの内容を思いつくままメモしたのだ。スポーツドリンク2本空けて、 リポビタンやらオロナミンまで飲んだ上でのことだ。
それというのも、今日は一日中兎に角疲れていて、家事と仕事の合間にマッサージ機でうつらうつら、、、。 途中で義妹がある物を取りに来たが、相手もせず眠ってしまい、あれは夢だったのか?と起きてからその品物を探すと無くなっている。 やっぱり彼女は来て持ち帰ったのだ。このままだらだらしていると、再起不能になりそうだったので、思い切ってアクティブに行動したのだ。、、 これは大成功。今と~っても身体が軽くなって、頭もスッキリ。
お風呂ではちょいとアブナイこともあったが、、、、。頭を洗ってタオルで包み、 そのまま湯船に浸かってさあ出ようとしたら手に持っていたはずのもう一枚のタオルがない。動いた後を辿っても無い。 まさかあんなもの盗られる筈もない。諦めて帰ろうとしたその時、フト頭に手をやれば、な~んとそんなところに置いてあるじゃあないの!? あ~あ、情けない。こんなんばっかり!もっともタオルの上にタオルだから感覚が鈍かったのよ!って、これは言い訳だ。 Cantiamoではこの言い訳が御法度とされているが、「言い訳」って言葉の意味は「道筋をたてる」という意味で、 転じて弁解という意味になったらしいから、あながち悪いばっかりじゃないだろう。、、、って、こういう事が言い訳なんだ!
昨日のちぇち練は一歩前進二歩後退って感じがしたが、それもその筈。みんな、この練習会場でしか台本も見ないし、楽譜も開かない。 動いてみることも、顔の表情を作ることも、仕草を研究することも、どうやらしてないらしい。まだまだ自分のことになってないのか。 楽譜があるから歌は覚えようとする。でも演技はサンプルが無いと勘違いしているのだろう。
思うに、人は日常的に演技して暮らしている。一人の女性はそれが既婚者なら、母を演じ、妻を演じ、奥様を、人によっては祖母を、 友人を、行きずりの人をさえ、演じている。職業によってそれは顕著だ。我が家で居るのと全く同じに職場に居る人は殆ど居ないだろう。 看護士さんはそれらしく、お巡りさんはそのように、医者は医者として先生は先生の、社長は社長の演技をして日々暮らしているはずだ。 電話の受け答え一つ取ってみても分かることだ。相手によって自分の声も言葉遣いも変化しているはずだ。それを舞台で演じるためには、 際だたせ、大きくする必要はあるが、誰しも「演技をすること」が始めてではない。だから出来るはずだ。では、何が違うか。それはひたすら 「意識」が問題だ。日頃の何気ない動作を如何に意識にのぼらせるか?注意力、観察力は要求されるだろう。、、、そして、一番やっかいな、 でも重要な事が、「その人物になりきる」ということだ。そうなれれば、自然と演技も出来る。
もう一つ気になることがある。それはコーラスというポジションにいる人達だ。どうも、その他大勢という気分で動いている。 まあ確かに名前は付いて無い。でも、一人一人個性があるということを思い出して欲しい。 隣の人と全く同じ動きをすることは日常の中ではあり得ないのだ。ダンスの場合とは違うのだ。
おっ!又丑三つ時だ~。








