ちぇちぃりぁ

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みっちゃん日記

やっぱり歌が好き。 (2007.8. 9)

 朝から洗濯やら仕事やら、COOPやらと人の出入りも多い中で、気が付けば母がカラオケを終える時間だ。 そう思った途端電話がかかり、お迎えついでに夕食の買い出しだ。今朝の来店客は老人施設にお勤めで、 矢張り人間外部と接触が無くなると途端にぼけるという話しを聞かされる。今日は早速そのお言葉通り母を少しでもと外部に連れ出したのだ。 確かに本能的に本人もそれを感じているらしく、声をかけるとすぐに付いてくる。今日だってただウロウロしただけで、 何を買うというわけでもないが、どこか楽しそうだった。

 母を送り届けた後、夕方からの演奏会に行こうか行くまいかと、悩みながら夕食の準備だ。なんだか疲れているから、 行ったら眠りそうだったのだ。、、、が、これが不思議なもので、「えいっ」と出かけてみると、某音楽大学卒の方々の演奏会だったが、「歌」 の会だったためかちっとも眠気が来ないばかりか、面白くて身を乗り出して聴いたものだ。

 殆どの曲が自分が歌った経験があるもの、あるいはいつか歌いたいものだったということもある。 マツイ55さんのオススメの席は二階の一番前で、ここからはソリストとして舞台に立つ、その緊張が手に取るように伝わってくる。 この大学は歌の人が優秀だと聞くが、確かに良い声の人が多かった。知ってる人も何人か居て、流石に興味深く聴くことになる。、、、、しかし、 歌は難しい。以前聴いたときはとても良かったのに~と思う人も居たし、今日は元気がないなあ~とか、 ちょっと声に迷いが出てるなあ~という人も。これが生モノのさだめだ。妙に身体が揺れて、声がちっとも定まらない人も居る。 ここぞと言うところで、声が上ずったりかすれたり、、、、他人の事はよく分かるんだ。

 テノールのY君は、相変わらずの美声をたっぷり聴かせて拍手喝采を貰っていたが、ちょっと私は苦いことを言わせて貰おう。 今日の彼は舞台慣れしすぎて、pppに持って行くところを声を抜きすぎていると思った。その結果、歌が弱々しくなり、 本来の歌の魂とでも言うべきモノが感じられなかったように思う。天性の良い資質を持っているのだから、小手先に溺れず、 真っ当な歌の道を進んで欲しい。そうすればきっと、世界に通用するテノール歌手にもなれるでしょうに、、、、と、まあ、 このテノール不足の中で、もったいないと思うおみっちゃんの繰り言である。

 最後にイタリアで活躍中のメゾソプラノの方が歌ったが、キャリアを見せつけてくれたし、オペラを長年「正しく」 歌ってきている人の声だった。くしくも先日K女史がリサイタルで歌われた「セギデーリア」を今日はメゾの声で聴いた訳だが、 二人の全く違う声がそれぞれに説得力を持っていることに思い至り、益々歌は面白いと思ったことだ。、、、しかし、このベテランでさえ、 あの席からは、水鳥の水面下のあがきのようなものが見えた様な気がした。実際、今日のような客席は歌いにくいことだったろう。 半分から前はガラガラ。その後ろもパラパラの入り。それだのに私のように二階席に陣取っている人も何人か居て、これじゃあ、 歌う気にならないんじゃないの?と思ってしまう。矢張り客席と舞台は一体感がないと、盛り上がらない。お気の毒な演奏会だった。

 

 帰ってから、今度の母の米寿の祝いの席と、ラオスでの「一芸」のつもりの、マジックの練習。覚え立ての二つを夫にやってみると、 何故か上手く行かない。なんでも簡単そうで、なかなかに難しいモノだ。何度かやっている内に少しはましになってきたので、明日当たり、 レッスンに来る人にもカモになって貰おう。、、何をやってんだか!?

 

 途中から、吉永小百合の朗読行脚のテレビを涙ながらに見る。原爆をテーマに20年以上も続けているとか。 彼女も私も1945年生まれ。即ち、終戦の時にお腹にいたか、生まれたてのどちらかなのだ。実体験としては知らないが、「戦争」について、 ことある毎に考える世代ではある。私の学年はいつも一番人数が少なかった。ということは、母子ともに死んだ人も居ただろうし、 死産だったという人も居ただろう。中には生まれても生きられなかったケースもあるだろう。しかも、この原爆は、 これ以上は無い殺戮兵器だったのだ。自分と同じ年の人々が、どんな目にあったかを考える時他人事ではない。たまたま、両親が台湾に居て、 諸々の好条件の元私は助かったが、生まれてくる場所を自分で選んだわけではない。同様に、広島長崎に生まれた人達も、 自分で選んでそうなったわけではない。、、、そう考えるとき、自分が如何に恵まれているかを改めて感じさせられる。「精一杯生きること」 それが幸福な生を受けた私に出来ることの一つだ。吉永小百合の様に、具体的に直截的に行動するのも大切だし、広く「反戦」 を掲げ後進の人々にそれを伝えて行く彼女はホントに立派だと思う。私も自分流だが「反戦」を歌い続けたい。 それで何かが変わるとは思えないが、そうせずには居られないという思いからだ。

 今日の演奏会でも、Pace(パーチェ)=平和、という私の大好きな歌が歌われ、帰る道々、車の中で歌っていた私だった。 Pace Pace Pace、、、、。




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