ちぇちぃりぁ

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みっちゃん日記

重い、、、、。 (2007.6. 2)

 別に自分の体重の事ではない。いや、勿論それもある。ただいま、パスタでお腹の中が満員状態。重い~。

 実は、心が重いお話だ。母と一緒に地元で活躍中のM劇団の従軍慰安婦問題を扱った芝居を見てきたのだ。 昼公演を一足先に見たという夫から、「難しいし、お婆ちゃんには無理かも~」と聞いていて、始まる前にその話をしたら、 母はとても心外だという顔をして、芝居を観た回数はあの人(我が夫)には負けてないから、と言う。そりゃそうだが、 殆どこの私がお連れしてるんだからに~。そんなに威張られてもねえ~。とその時は思ったが、いやはや、今回は母に完敗だ。

 20分も前に着いて、開演までぐっすり眠った私の横で、パンフレットなど読んでいたらしい母は、芝居が始まると、 身じろぎもせずに観ている気配。私は、まだ眠かったし、廊下を挟んで前の列には、ぐ~ぐ~イビキをかいて寝てる人も居たほど、簡単に言えば、 確かに夫が言うように難解な芝居であった。第一に、やたら慰安婦役の役者達一人のセリフが長く、しかもそれはセリフと言うよりは、 朗読に近い物で、余程耳をそばだててないと意味が分からない代物だ。そんな中で、一人Nさんというここの看板スターだけは、 流石に声がこの胸まで飛び込んできて、思わず涙していた。この人の声には説得力があり、動きにも無駄がない。というか、意味を感じる。 キャリアだろうが、天性の資質かも知れない。

 一方で、この慰安婦問題に逆説的な意見を述べる人々を登場させて、この問題の根の深さを表現していて、面白い構図だとは思ったが、 明らかに妙な間があり、ちょっとハラハラさせられたのは残念だ。芝居とは、全体のチームの一致した力が醸し出す空気だ大切で、 流れやテンポに逆らう人が一人でも出ると、一瞬に客は現実に引き戻されてしまう。

 言いたいことはよく分かったし、ポイントを突いているとは思ったが、ん~ん、芝居にするのはホントに難しい問題だ。 日本人が如何に残虐非道なことを韓国に強いて来たか。人間として恥ずべき行為を、軍の組織として如何に堂々と正当化してやっていたか。 これらが、政治の折々のカードとして利用され、肝心の当事者の気持ちや立場が置き忘れられているという現実。、、、一番心に残ったのは、 慰安婦の言葉の中の、「永い歴史の中で培ってきた人間としての尊厳や、誇り、よりよく生きてきた自分たちが、その土地が、 無惨にも破壊された事への絶望。これをあがなうのは、沈黙しかない。」という悲しみに満ちた内容。別の人の言葉で、 「日本だって戦後はお金の為に春をひさぐ人達は大勢居た。しかし今、私は昔パンパン(古い言葉だ!~)をやっていましたと、 告白する人は居ない。それと同じで、誰だって、うちの娘が慰安婦でしたと言いたくはない。」そうだろうなあ。だから、 真実は分かりにくいだろう。となると、「私は慰安婦でした!」と名乗り出た人は何と勇気のある人か!? 人々の容赦ない好奇の目にさらされながらも、マスコミに取り囲まれながらも叫んでいるテレビの中のあの姿が、 芝居を観ている私の脳裏に浮かんでは消えた。

 

 見終わって、開口一番母は得意げに言った。「私の方が、この芝居はよっぽどよく分かったと思うよ!。なんせ、経験者だからねえ~、、 」って、あわわわわ、、、、!よく聞くと、「戦争を知っている」と言うことで一安心。そりゃそうだ。 私たちに分からない事が分かるに違いない。エレベーターに乗る段になって、「戦争が悪い。異常が普通になってしまうんだからねえ。」 と意見が一致。

 そこから帰る道々、ず~っと昔話だ。汲めども尽きない水のように次から次へと話が展開される。 台湾から戦後引き揚げて帰ってきた当時の、日本の国の事。高松築港に降り立ったとき、一面の焼け野が原で、 ホントにな~んにも無くなっていて呆然としたこと。何故か電車は残っていて、それに乗って実家に帰ったら、近所の人達が見つけて駆け寄り、 取り囲んで無事を喜んでくれ、出てきた父親も,病気で伏せっていた母親も驚喜して迎えてくれたこと。しかし、当時物資が如何に無かったか、 それにも耐えて、如何に逞しく生きてきたかという、母の若かりし頃の物語だ。生半可な時代ではなかったということだ。母は言う。「だから、 ちょっとやそっとの事では、挫けんでえ!」そうでしょうとも!!この87歳の元気!!逆境こそが、人を育てるのかも知れない!

 そういえば、娘が以前言っていた。「お母さん、お婆ちゃんの話を何かの形で残そうよ。貴重な話なんだから、、、」ホントにそうだ。 性能の良い録音機の小さいのを購入しようか、、。知らない内が良いだろうからなあ。

 

 空腹を満たすために未だ行ったことのない、バイパス沿いのレストランへ。ここでも私は聞き役だ。 9時半という時間でも若者達はしっかり食べていて、まあ、我々も同じように取って食べたが、かなりの量で、なくなくちょっぴり残してしまう。 ああ~あ、これが現実だ。




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