今日の夕日はホオズキの実のようだった。 (2007.5. 4)
さて、昨日の「バベル」だが、正直な感想は、何故こんなに難解に難解にと映画を作るのか?が分からなかった。 レイトショーを見に行ったが、たださえ脳みその活躍出来る部分が減少している時間に、こんなもの見るべきではなかったのだ。
それでもこの健気な観客は、ひたすら「分かろう」と努力し続けて、終わってみれば疲労困憊。その上、 ディスコの場面では気分が悪くなったし、残酷な場面も、つい目を背けるのが間に合わず、全部見ちゃったし、、、。
多分、コミュニケーションがテーマかな?とは思うし、人間と人間は、例え親子、兄弟間、夫婦間でも分かり合えない事が多い。 ましてや、国が違い、人種が違えばもっと分からないのが現実だ、と言いたいのかな?とも思った。そして、健常者と聾唖者の関係もしかり。、、 でも、もう少し分かりやすく、テーマを伝えてよ、と切実に思った。題名が示す通り、「言葉」がテーマだろうとずっと思い続けて見たが、 あたしゃ途中で、「バブル」の間違いかと思って、友人に訊いたくらいだ。「ば・べ・る」と彼女は丁寧に教えてくれたのだが、、。
そりゃあ、バベルの塔の神話では解決できない不思議が、世界中の言葉の違いだが、あの神話では、 人間の奢りがそれを生むという点が不可欠だ。この映画にそれはどこまで描かれていたかなあ?よく分からない。ブラッド・ピットねえ~。 年取ったなあ~。
今日はややこしい一日だった。朝からレッスン生は来るわ、夕方からはちび助が舞い戻ってくるわ、レッスンの最後は、 自分の練習を犠牲にして、今度のオペラの楽譜のチェックを、会長とT先生とで一部やって貰った。 12時間労働だとぼやく会長をなだめすかして、働いて貰う。しかし、ピアノの部屋はただいま楽譜が散乱したまま。これって、 片づけるのはだ~れ?ってことだ。ふ~っ。今日の作業を楽譜に反映させるというお仕事が宿題として残ったわけだが、 何が何でも今度の練習には完成してA君に渡す必要がある。 珍しくシンデレラタイムまで起きて雑談に興じていた若夫婦を寝室に追いやりこの日記だ。明日は彼らが揃う最後とあって、 何かやりたいようだが、如何せんちび助が一緒だから、行くところが限定される。ま、でもどっかに行くんだろうなあ~。
孫りんが、あと一息で「みっちゃん」と言いそうなんだが、、、、明らかにこの私がみっちゃんであるという認識は出来たようだ。 辛抱強く待つとしよう!フ。








