今日は3回も泣いた。 (2007.5.29)
まず1回目は、朝のワイドショーで、パプア・ニューギニアのエイズ患者を取材した女性アナウンサーの映像で泣いてしまった。 11歳の男の子が、エイズで死んだ両親の介護をしていて伝染してしまう。その子達兄弟を引き取った親戚は、 将来お金になりそうな子供は大切にするが、病気のその子は隔離し、完全な孤独を強いて食事も満足に与えない。それでも、 必死で生きているその男の子は、誰にも心を開かなかったが、日本から来た優しいお姉さんが、 怖がらずに手や身体に触れてくるのに初めて心を開いたようだ。時折笑顔で彼女に語り、少年らしい愛くるしい表情を取り戻すこともあった。
その女性アナは、こんな形で一瞬しか手を差し伸べられないにもかかわらず、余りに深く心を通わせるのは返って残酷だと感じたと、 涙ながらに話す。何かしてあげたいが何も出来ないもどかしさが、テレビを見ている私にもそのまま移り、思わず涙が溢れたのだ。 その男の子には未来はなく、漫然と死を待つだけなのだ。、、、そして、そんな子は、数え切れないほど沢山いるというのだ。
2回目の涙は、今度は昼食中にNHKの毎回ゲストを呼んでのトーク番組。今日は宮城マリ子だったが、 私はもうホントに永いこと彼女を見たことがなく、その割にはお婆ちゃんでもなく、しゃべり方は前からああだし、ただただ懐かしかった。 そして最も興味があった、吉行淳之介との恋物語も予想通りで、はにかみつつ語る独特の語り口に、 この人の素晴らしい一生というものに思いを馳せたものだ。79歳と13ヶ月だというまん丸なお顔の笑顔の天使は、体中から「慈愛」 のオーラが流れ出ていた。「合歓の木学園」の子供達とのことや、彼らの絵のことや、日本中の傷ついた子供達のことについて語る、 そのとぎれとぎれの言葉に、私は番組の進行と共にどんどん感動して行き、 この番組を見たという視聴者からのFAXを女性アナが読む段になって、ピークとなった。幼い頃に宮城マリ子の活動を知り、 自分も同じように身障者のケアをする仕事に就いたという人から、「どんなに辛くてもいつもマリ子さんの言葉を思い出して頑張っていきます。」 と届いたり、宮城マリ子さんのサイン会に行き列に並んだけれども、女優さんなのにその手の余りに荒れているのに気付き、 せめて私だけでもサインは断念しようと、列から離れました。その時のご本は、今も大切に持っています」など、 本当に彼女を敬愛しているらしい人からのものを読みつつ、その女性アナはとうとう泣き出してしまい、 最後まで読めないのではないかと思うほどであった。これは、この番組を私はよく見ているがとても珍しいこと。 この時間は決して悲しいことを語る番組ではなかった。むしろ、未来に希望を持ちましょう、どんな子供も障害を乗り越えきっと幸せになれる、、 、という前向きな番組になっていた。にも関わらず、会場に来ている人達も涙を拭う姿が見えるし、私にも止めどなく涙が流れた。 人は悲しい時でなくても泣くのだ、と思いながら、、。
印象に残った宮城マリ子の言葉の中に、「私は愛されて育ちました。だから、愛を知らない子供達を愛します。」というのがあり、 「幼い頃高熱から冷めて意識が戻り母親の顔が間近にあるのを見て安心して再び眠ったという記憶。こういうことが、 親子間で最も大切なことだと思います。」と言い、今の子育てで悩み、自信喪失している母親へのメッセージとしていたのは、 具体的で分かりやすく、大きな意味を感じた人も多かったのではないか。
吉行淳之介が、「私はMMに惚れちまったのだ。その気持ちが自分の文章に大きな影響を与えているのを認めないわけにはいかない」 と語っているとか。本当に、女として、人間として、愛される要素をいっぱい持った人だ。泣きながら、嬉しくなった今日の昼下がり。まさか、 このあと、もう一度泣く羽目になろうとは、、、。
夕方、母を伴い青年劇場の「菜の花らぷそでぃ」というお芝居に行った。なんの予備知識もなく出かけたが、 内容はどちらかというとコメディで、しかし、日本の農業に色んな角度からスポットを当て、決して軽くなく、大いに社会派的な内容だった。 これの何に涙が出たかと言うに、、、、これが不思議なのだが、思い出せない。残っているのは、現代日本の農業事情と、 青い目のお嫁さんを長男の嫁に迎えるかどうかと言う農家の家庭の事情と、現代日本の食文化の異常さで、 チョコレートが主食の若者の話だったり、朝昼晩とコンビニ弁当やおにぎりで済ませている若者の話。、、これらが、 農家の家の中で様々な形で議論され、諭され、時にはケンカでの解決もある。その日常の営みの中の自然なやりとりの中に、 なんともいえないペーソスがあったのだ。確かに問題を抱えてはいるが、だからといって決して暗くはないのだ。、、、だからこれも、 悲しくて泣いたのではない。人間の愛しさみたいなものに、心が反応したのだ。
この作品は九州弁で語られていて、それも楽しさが倍増した理由の一つだ。「せからしかあ」という意味が、 これを見てようやう分かったなあ。
「良かったねえ」と言いながら帰路についた途端に娘からの電話で、お姑さんが骨折して松葉杖だという。ええ~? 私よりかなりお若いはずだけど~、、、、ぼちぼち私に近付いてきているようだ。まあ私はラッキーだっただけだから、これからは気をつけよう。
イヤハヤイヤハヤ、、、。








